さて、いきなりですが問題です。
A.年を経て頭の雪は積もれどもしもと見るにぞ身は冷えにける
B.唐衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ
C.ふとんがふっとんだ
D.うまはうまい
 ABCDに共通するものは一体なんでしょう?ちっちっちっちっち……ぴこーん!はいそこのあなた!「同音異義語!」正解です!
古文でAとBの和歌、勉強しました・・よね!ちなみにAは「しもと」が「霜と」と「笞」(鞭)という掛詞、Bは「なれ」が「馴れ」と「萎れ」、「つま」が「妻」と「褄」、「はる」が「張る」と「はる(ばる)」という掛詞になっています。C・Dは「布団が吹っ飛んだ」、「馬は美味い」という説明をするまでもない駄洒落ですね。ABCDとも同じ音で二つの意味を持たせる同音異義語が一首、一駄洒落をつくっています。しかっし!A・BとC・Dでは大きな違いがあるのが明らかです。かたや文学の和歌、かたや子どもの好きな駄洒落……駄!洒落…。
同音異義語を使う点では同じなのに、どうしてこうも違うのでしょう?
 きっかけは、科学の時間T先生が発したおやじギャグでした(ごめんなさい)。プリントに、マッチの「マ」が印刷されていなかったのです。そして、先生は一言……
「(ニコニコして)…あぁ、これ…間が抜けてますねぇ(マが抜けてますねぇ)…間抜けだなぁ…笑。」と!さらに、
「…印刷…ちょっと待っち(マッチ)…なんてね~」!!
正直言って私は……感動しました!確かに、ちょっと苦笑いしたことは否めませんが、いやおやじギャグかい!と心の中でツっこみましたけど、「マ抜け」と「間抜け」を瞬時に掛けることができるなんてスゴイ!と数秒間驚嘆しました。(「ちょっとマッチ」を繰り出されたときには冷静になりました。)その時から私は「おやじギャグと駄洒落も和歌の掛詞みたいに同音異義語を使ってるのに、なんでおもしろくないんだろう?」という疑問を考えてしまうようになったのです。これは困ります。どーでもいいんじゃという考えが頭をよぎらないでもないのに、この文章を書くはめになっています。何が違うんだ。どーしておもしろくないんだ。その答えを勝手に考えてみましたので箇条書きにしますと、
一.おやじギャグ、駄洒落は一つのことばをその同音異義語で修飾している(一文中に二個の同音異義語がある)が、和歌の掛詞は一首中の一つの言葉に二つの同音異義語をあてはめている(一首中に一つの語)
二.おやじギャグ、駄洒落は喜怒哀楽などを含んでいない(ものがほとんどだと思う)が、和歌中の掛詞は感情、作者の想いなどに繋がる。
三.おやじギャグ、駄洒落は主に会話で用いられるが、和歌は一つの作品として書かれている(掛詞は現代では会話には用いない。)
四.おやじギャグ、駄洒落(特におやじギャグ)はなんか人に笑いを求めてる気がする。
 というわかりにくい四つの理由を頭から絞りだしてみました。あくまで私が考えただけですが、「なんでおやじギャグと駄洒落は面白くないのか?」という疑問の答えは二と四の関係が深いと思います。最初にあげたAとBの和歌、Aは「笞」(鞭)を見るとぞっとするという老人の不安さや哀れさ、Bは旅に出たもののかえって故郷がなつかしく寂しい、という状況からの感情が読み取れますが、CとDの駄洒落に喜怒哀楽や感動をおぼえることはかなり難しい…というか無理ですよね。(注:人によっては違うかもしれませんが)音のくりかえしの面白さだけを重視しているので、文には感情は入っていないのです。子どもの頃意味もなく駄洒落を言っていたのは、その音のくりかえしが新鮮で面白かったからなのではないでしょうか。
短歌や俳句をつくっていると、人に感動を伝えられない、良くないものには自分の想いがちゃんと込められていないことに気付きます。人が褒めてくれる歌や句は「こういうこと思ったことある!」とか「すごく想像できる」とか、なにかしら読み手に伝わり、広がるものが絶対あると私は思います。その点で、両方同音異義語を使っているけれども、和歌の掛詞とおやじギャグ・駄洒落とでは大きな差があるのではないでしょうか。
 また、さっきからおやじギャグ・駄洒落とひとまとめにしていますが、一見同じようなこの二つは微妙に違うものだと思います。例をあげると、
例一.「(中略)墓地って0円なんですか?」
「は?}
   「いや、霊園だから…」
   「………」
例二.「あのスイマー、遅いなぁ。どうしたんだろう。」
   「睡魔に襲われてるんだよ。」
   「………」                       …知らないおじさんのホームページより抜粋…
というかんじで、お手軽にその場が凍りそうなおやじギャグですね。
おやじギャグというのはおやじ(四十代~五十代?)さんが言う、会話上でのある単語をもとにその同音異義語で(笑えない)返事をすること、つまり固定されたネタではなく即興でギャグ(ことばを掛けた返事)をつくるという点が駄洒落と違うのだと思われます。
そして、なぜ特におやじギャグは寒い・面白くないのかということに、四の人に笑いを求めてる感があるから、ということが加わるのではないでしょうか。なんだかおやじギャグを言うその顔は、うれしそうじゃありませんか?しかも、「~なんてね。」とか言って、ちょっと照れてませんか!?即興でギャグをつくるのはすごいことですがそれが面白いかというと話は別です。駄洒落と同じくそれ以上の意味を持たないギャグは、笑いを期待されても面白くない場合がほとんどです…。 もちろんたまに面白い場合があるからこそ、その喜びを求めて(?)おやじさんはおやじギャグを言うのでしょう…と思ったら、
「わたしもオヤジと呼ばれる年代になり、気付くと、このおやじギャグを連発しています。若い頃には考えられないことです。なのに今は五分も話していたらフッと駄洒落が思い浮かび、そうなると話の流れに関係なく言いたくなって、半ば無意識に言ってしまいます。」
                                     …おしえて!gooより…
なんということでしょう!「オヤジ」は皆天才だったのでしょうか。脳が勝手におやじギャグを量産し、無意識に言ってしまうというのです。そして、この発言に対する考察もまた書かれていました。
「ある意味脳の加齢化・一つの単語に接したとき、それに近似する言葉を一緒に引きずり出してくるのではないか」と。……
そういえば昔「あるある大辞典」って番組ありましたよね?それで、「なぜオバサンの立ち話は長くなるのか」という問いの答えとして「加齢とともに脳はその言葉に関連する言葉を記憶の引き出しから取り出す能力に長けてくるからだ」といっていました。…まさか「加齢脳言葉引きずり出し能力」は女性の場合長話に、男性の場合おやじギャグになるとでもいうのでしょうか…!?
 
同音異義語の話から少しズレましたが、他に同音異義語の修辞法が無いかと探しましたところ、ありました。それは歌、つまり歌謡曲の歌詞の中にです。しかも若者向け?の歌に。わたしの趣味が入りますが、歌詞を抜粋しますと
   
 …     手々と、てとてとしゃん
       愛(め)でてぎゅっとてとしゃん
       かがんでくぐればお江戸ポルカ!
       いつまでもあなた追えどポルカ!   …
                                 ¦江戸ポルカ(一青窈)より
   …   淡い夏の宴 マイワールド
       君と僕の縁廻る        …
                         ¦マイワールド(アジアンカンフージェネレーション)より
   …   桃源郷に寄ってゆく 当然今日は帰らない
          (略)         …
                                 ¦桃源郷(ハルカリ)より
てなかんじで歌詞に同音意義語が使われていますが、お分かりでしょうか?口にだせば分かりますが、『江戸ポルカ』では「てて」「てと」「おえど」が、『マイワールド』では「えんま(い)わ(ー)る(ど)」が、『桃源郷』では同音意義語ではないものの「とうげん」と「とうぜん」のことばが掛けられています。どちらかというと駄洒落のかたちに近いようですが、『マイワールド』を聴くと、「宴 マイワールド」と「縁廻る」が同じに聴こえるのです。聴きたい人は私に言ってくださいね~!


by ここのこのこ



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