アイツと出会ってもうすぐ2年になる。最初はただのクラスメイトだった。何がきっかけだったのかはわからないがアイツが俺に好意を持ったのが事の始まり。

あの頃の俺はアイツの言動全てがウザかった。毎日俺の名前を呼びながらどこにでも付いて来るし、部活の度にクッキーだのケーキだの菓子を作ってはわざわざ持ってくるし……。ウザくてウザくてしかたなかった。

だが、そんなアイツにもが良いところはある。アイツは秀才で俺が言えば簡単に宿題写させてくれた。まぁ他にもいろいろと便利な奴といえば便利な奴だったけど、それと同じくらいウザく思っていたのも確かだ。
ただ宿題をやればいいだけならアイツじゃなくても宿題を見せてくれるダチなんかたくさんいる。それを考えるとアイツはただのウザイ奴。

だから俺はアイツが二度と俺の目の前に現れないように徹底的に苛めてやった。普通の奴なら登校拒否や自殺にはしってもおかしくないくらいに。なのにアイツは毎日笑顔で俺に近づく。
アイツは俺がどんなに酷い事をしてもそれに耐え、健気に俺を愛した。だから俺はアイツをそばに置く事に決めた。

可愛いしギャル系でもない。俺好みの奴だと気付いたのは付き合い始めてからだった。ただ自己犠牲心がかなり強かったがそれにひどく惹かれたのもまた事実だ。

今ではそう……。
アイツが離れて行くことが、アイツの気持ちが俺に向けられなくなるのがこの上なく恐ろしい。
もしそんな日が来るのなら死んだほうがずっとマシだと思うくらい。

アイツは俺のものだ。誰にも渡さない。絶対に…。


「なぁ、喉乾いた。なんか飲み物買って来てくんねぇ?」
「わかった。じゃあちょっと行ってくるね」

そう言うとアイツは笑顔で手を振り小走りで俺の部屋を出て行った。
金は全てアイツが出す。いつもそうしている。俺がほしいものは何でも買ってくれるし、デート代もアイツが払う。アイツはそれで納得しているから俺からも特に気を使うような事はしない。

アイツはどんな事をさせられても愚痴一つ言わない。それがアイツの愛情表現の仕方だから。そしてアイツは命令される事で愛されていると感じるらしい。
だから俺は愛情表現としてアイツにいろんな事をさせた。本当にいろんな事を。

「さてと……、アイツの携帯チェックでもするか」

自分の家にいる時意外はアイツの携帯はいつも俺が管理している。俺の家にいて一人で買い物に行くときは携帯を置いていかせているのだ。パスワードは付けさせていない。俺にはアイツの携帯は使い放題だ。
そしていつものようにメールチェックを始めた。

それから少ししてアイツが帰ってきた。急いで帰ってきたらしく少し息が上がっている。

「ただいまぁー買ってきたよ〜。……祥君?どうしたの……?」

アイツは俺のそばに自分の携帯が置いてあるのに気付いたようだった。そして俺が怒っている事にも。

「お前……最低な女だな」
「携帯……見たの……?」

 俺はアイツに背を向けたまま無言で座っていた。

「見た……のね……? あれは違うのっ。ただ委員会の事で…」
「黙れ」

一生懸命に弁解をしようとしているアイツの言葉を遮るようにして言う。
振り返ると、いつもよりもトーンの低い声と俺の態度にアイツはひどく怯え、そして涙を流していた。まるで猛獣に狙われた哀れな小動物のように。         
でもそんな表情が益々俺に拍車を掛けた。

「お前は俺だけばそばにいればいい。そう言ったよな? なのにどうしてこんな男とメールなんかしてんるだ? あの言葉はウソだったのか?」
「ウソなんかじゃ……。聖花は本当に祥君の事愛してるの……。祥君だけ……。お願い……許して……。」
「ぜってぇ許さねぇ。本当に愛してんのか? どうせそれもウソなんだろ? 俺はダマされねぇからな。」
「本当……なの……。信じて……。」
「なら今すぐここで本当だって証明してみろよ。できねぇだろ?」
「できる……。」
「だったら死んでみろよ。俺の前で、今! そしたら信じてやるよ! できねぇだろ? やっぱりウソなんじゃねぇか」

嘲るように、見下すようにアイツを見る。
アイツは何かを探す素振りを見せた。

「何探してんだよ」

ようやく探していたものを見つけたのか、アイツはソレに手を伸ばした。それは俺の部屋にあったカッターだ。カッターを手にすると、アイツはいきなり自分の腹を刺しだした。何ヵ所も。
激痛に歪むアイツの顔はとても官能的で美しかった。
そして少しもしないうちに次々に傷口から血が溢れ出し服を紅く染めていく。それを見てようやく俺は我に返る。

「何やってんだよ!」

止血をしながら急いで救急車を呼んだ。いくら止血しても血は止まる事を知らない。

「ごめ…ね……。聖…花は……祥君…が……大…好き……。」
「なんで……こんな事……。」
「許…して……欲し……かった……。信…じて……欲し…かった…の……。」

聖花は俺を責めようともせず、ただ優しい笑みを浮かべていた。もう泣いてはいなかった。逆に俺の目から涙が溢れていたのだ。

「ごめんな…。本当にごめん……」
「祥君…に……知っ…て…欲し…かった…。あなた……を…こんなに…も…本当…に……愛して…いる…人……いるっ…て事……」

 聖花は知っていたのだ。どうして俺があんなにもアイツをウザく思っていたのか。

 俺は何度も女に裏切られていた。聖花のように向こうから近づいてきた女どもに。信じていたのに最後にはひどく裏切られた。聖花の前の女の時はそのせいで全てを失ってしまった。
 それからの俺は酷いものだった。どんどん堕ちていったのは言わずとも知れよう。
 
それを聖花は知っていたのだ。

それを知ってでも聖花は俺を愛していてくれていた。あんなに酷い事もしたのに。それなのにこんな俺を愛してくれていた。傷ついていた俺を救おうと、自分の愛は本物だと命をかけて証明してくれようとした。

「お願いだ…。死なないでくれ…!」

ようやく救急車が着き、聖花は病院に運ばれる事になった。
苦しそうに息をする聖花の手を握り締めて、俺も救急車に乗り込む。
すでに意識はなく、このままでは間に合わないと言われた。

もう少しで病院に着くというその時、聖花の意識が戻り、一瞬痛みに顔を歪ませたが穏やかに微笑んでみせた。弱弱しい力だが、俺の手を握り返してくれた。

「もうちょっとで病院に着くからな。頑張れ!」

聖花の唇が微かに動いた気がした。

「どうした?」

口元に耳を近づけても声は聞き取れない。けど、何を言おうとしてるのかはわかった。

『キスして』

 そう言ったのだ。俺は一緒に乗っている救急隊員を気にもせず、聖花の唇に優しくキスをした。

「聖花…愛してるよ……。」

聖花は幸せそうな笑みを浮かべて『聖花も愛してる』と聞き取れないほど小さな声で告げ、安らかな眠りに就いていったのだ。



 この日、俺は俺自身のせいで一番なくしたくないものを失ってしまった。
 この世で最も愛おしく決して失いたくない大切な存在を…。
 本当は気づいていたんだ。聖花が何も言わないのは俺のあの行為を愛情だと思っていたからじゃなく、そうする事で俺を助けようとしていてくれたんだと。俺はそれを知っていた。
 けど、そこまで愛していた聖花を信じられずにいたせいで取り返しのつかない、悲しい結末を迎えてしまったんだ…。



by 田代氷芽



inserted by FC2 system