明かりといえば通路の少し先、数カ所に灯された蠟燭からの微かな光だけ。
足枷のせいで行動範囲は限られ、コンクリートと鉄格子で囲まれたここは少々肌寒い。
真っ白なワンピースは時が経つにつれ少しずつ薄汚れ、破け、血が滲んだ。

 少女は壊れた人形のようにか細い声で歌を紡ぐ。
それは消えてしまいそうな危うさを秘めながらも止むことはなかった。
少女の紡ぐエレジーは上の世界の人々には決して届きはしない。
それでも少女は呟くように歌い続けた。

 そしていつものように一人の男が石畳の階段をゆっくりと降りてきた。
左手にはランプを、右手には柄の先に革でできた細長い紐がついたものを持っている。
来る途中、階段から一つずつ蠟燭を吹き消した。
徐々に近づいてくるランプの明かり。
少女は未だそれに気付かない。

 鉄格子の前に男が立った時、その暖かな光に少女は目を細めた。
光に目が慣れる頃には歌を紡ぐのを止め、酷く怯えた表情を浮かべていた。
男は南京錠を開け、中に入ってくる。
少女は嫌々と首を横に振り、後ずさろうとするが背中はすでに壁。
少女にはもう逃げる術はない。
いつ襲うかわからない痛みに、少女は目を堅く閉じた。

 しかし、いつまでも襲ってくることのない痛みを不思議に思い、ゆっくりと目を開ける。
少女のそばに置かれたランプによって明るく照らせされた男の顔は優しく微笑んでいた。
少女は初めて見る男の笑みに戸惑う。
男は愛しいものの触れるように優しく少女を撫でた。
その手は温かく、懐かしい。
少女は心地よさに柔らかい笑みを浮かべた。

男は少女に歌を歌うよう促し、少女はそれに応えるように口を開く。
少女の紡ぐエレジーに耳を傾け瞳を閉じた男の頬には涙が流れていた。
少女は抱き締めようと手を伸ばすが、男に触れるのが躊躇われた。
今にも崩れてしまいそうなこの男に触れてはいけない気がしたのだ。
だから少女は一生懸命に歌を歌った。

 ある曲を歌い始めると、男は急に目を開け少女を睨みつけた。
そして鞭を手に取り立ち上がる。
少女は口を閉ざし、嫌々と首を横に振った。
男の目は変らず、獲物を見つけた狼のように鋭く少女を射抜く。
男が腕を振り上げると、少女は頭を庇い何度も何度も謝った。
しかし、無情にもその謝罪は受け入れられず独特の音と悲鳴が響き渡る。

 少女の叫びは途切れることはなくいつまでも続いた。

毎日のように繰り返されるこの痛みは決して慣れることはない。
それに耐え続けなければいけない苦痛。悲しみ。

 そして今日もまた少女は歌を紡ぎ、男が階段をゆっくりと降りていく。



by 田代氷芽



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