あたしは本当に運のないドジな人間。だから、あの時まで何もなかったのがきっと奇跡だったのだ。あの出来事のせいで、結局あたしはみんなと卒業できなかった。約束を守ることさえ…。自業自得だと言われればそれまでだけど……。でもみんなと一緒に卒業したかったのも、また事実なのだ。 * * * 「もしもし? ちょっと! 学校にいるときは電話しないでって言ったでしょ!? …何よ。………うん。…………うん。…………ふ~ん。で? ………はぁ? ……うん。……………わかった。それでいくらなわけ? ……了解。じゃ、もう少ししたら取りに行くから。じゃぁね」 あたしは電話を切り、人気のないこの廊下から足早にみんなのいる教室に戻った。あたしはみんながいるこの学校が大好き。さわぎすぎてセンコーに怒られるときもあるけど、でも楽しくて楽しくしかたないのだ。学校にいるこの時間は誰であろうと絶対に邪魔されたくない。 「ただいま~!」 「おっせぇよ!」 「ごめ~ん。許して?ねっ?」 ぶりっこしながら男子クラスメイトに謝るあたしをみんなが笑いながら見ていた。こんないつもと変わらない生活があたしのささやかな幸せ。3年のあたし達にとっては卒業までのカウントダウンはすでに半年を切り、みんなと過ごす一秒一秒がとても愛おしいのだ。進路は一人一人違う。きっと卒業したら二度と会うことができない人もこの中にはいると思う。だから今しかできないことを精一杯みんなで楽しみたい。ただそれだけだった。 「で~? 誰からの電話だったの~?」 「『愛しい愛しいお兄様ぁ』だろ?」 「ばかっ。愛しくなんかないし!」 「でも今の順のしゃべり方、聖に似てたよねぇ」 「似てないしっ」 「千佳が似てるっつってんだから似てんだよ!」 「も~っ」 周りの笑い声が一層大きくなった。みんなで笑っているのがとても心地いい。笑いの中から「今日はどこ行くの~!?」と女の子の声がした。それをきっかけにして、いろんなとこからさまざまな案が飛び交う。 「ごめん、あたしちょっと用事できちゃったんだよね…」 「はぁ? マジで??」 「うん……。あっ、でも用事終わったらすぐ行くからねっ」 「了解。んじゃ俺らでどこ行くか決めっか」 「決まったらメールするね~」 「うんっ。じゃぁちょっと行ってくるわ」 コートを着て鞄を持つと急いで教室を出ようとした。……が、またいつものようにやらかした。自分の足に躓いて机もろとも倒れてしまったた。その上、立ち上がろうと手をついた机も、反対側に誰かがよしかかっていたようで倒れた。あたしはため息をついて立ち上がり、周りからの野次を聞きながら机をテキトーに直してさっきよりも急いで教室を出た。後ろの方からは野次じゃなく、「あとでね」とかたくさんの声が聞こえた。 そして、ちょうど学校を出たその時、彼奴からの電話がまた鳴った。 「何よ。………今向ってるとこ。じゃぁね。」 電話を切ると、最寄りの駅のロッカールームへと向かった。いちばん奥の左下のロッカーのカギを開け服や靴、鞄を取り出すとそのままトイレに行く。何度もこの行為を繰り返しているうちに、最初の頃にあった〝誰にもバレてはいけない〟という緊張感はすでになく、足取りもかなり堂々としている。慣れとは怖いものだ。 トイレで着替えとメイク直しを済ますと荷物を服を取り出したロッカーにしまい、駅を出て繁華街の方へと歩いて行った。 * * * 待ち合わせ相手は高い建物と建物の間に立っていた。近づいていくと、あたしの存在に気付き手を振ってくれた。 「遅くなってすみません」 「いや、俺もさっき来たとこだから」 あたしも兄貴も彼の常連だ。でも兄貴は自分で買いに行こうとはせず、専らあたしを行かせた。ようは、あたしは兄貴にとってただの運び屋。あたしとしては少々危険だがバイト代も弾むしまぁ悪くもないと思ってる。 「今回は?」 「氷だよ。そろそろだろうと思って入荷しといたんだ。そしたら案の定連絡きたってわけ」 「そっか」 「はいこれ」 「ありがと」 私は彼から兄貴が頼んでた分の氷を貰い、カバンに素早くしまった。すると彼はもう一つあたしに小さな包みのような袋を渡した。 「これは瑠那の分ね」 「あたし?」 「そ。こないだ相手してくれただろ?」 「あぁ……」 「いつも通り、罰と…おまけで氷。あいつにジャンキーなだけじゃなくてプッシャーもやってるって聞いたからさ。自分で使ってもいいけど捌いてみな。こっちのが儲かるから」 「どうも。…あたし今金ないんだけど……」 「あいつの分ならもう貰ってるからいいよ」 「え??」 「口座に振り込んでもらったからさ」 「口座?」 「あ~。こないだね、買ったんだよ」 「ふ~ん」 「俺そろそろ行くわ。今度会う時は俺の相手してもらうからな。やっぱ瑠那の体が一番だし」 「そう?」 「…お前さ、もっと愛想よくしたらどう? せっかく美人なんだし」 「大きなお世話。じゃぁもう行くから」 あたしは振り返りもせずに来た道を戻った。駅で着替え、服をカバンにしまった。そして、ブツを兄貴に届けるためとりあえず家に帰った。 * * * 兄貴の部屋はもう大惨事で、バッドに入ってる人もいるみたいだった。きっとここにいる人たちはあたしがいるのに気づいてないと思う。この異世界とも思えるような部屋の中から、あたしは兄貴を探した。あたしが見つけるより先に兄貴の方があたしに気付いたようで、兄貴が自分からこっちに来てくれた。 「行ってきたよ」 あたしがそれを渡すと兄貴はあたしの腰に腕をまわして「瑠那、ありがと」と耳元で囁いた。あたしは、きっと他の子だったらこうやって兄貴に落とされちゃうんだろうなぁと思いながらも何の反応も見せなかった。周りからはあたしを恨めしそうに見る女の視線をいくつか感じた。 「バイト代は?」 「俺の体って結構高いんだよ。知ってた?」 「あたし、兄貴の体なんて欲しくないから。それにそんな体買いたくないし」 今にも唇が触れ合いそうな距離にいる兄貴にきっぱりと言い放ってやった。それでも引き下がらない兄貴がほんとにうざい。きっとトリップしてるから何をしても楽しいんだろう。 「さっさとくれないとサツ呼ぶよ」 「…お前普通の友達といる時みたいに笑ってりゃめっちゃいい女なのにな~」 兄貴は渋々あたしから離れバイト代をくれた。それを受け取ってあたしは急いでみんなのいるカラオケに向かった。さっき千佳からいつもの場所にいるとメールが来たからだ。 * * * カラオケに着くと真っすぐトイレに行って罰をキメた。それから部屋に行く。そこにはクラスのほぼ全員が来ていた。もともと三十人弱しかいないクラスだから打ち上げとかじゃなくても集まりやすいのだ。 あたしが着いた時には、部屋の中はすでに順と千佳が中心となってお祭り騒ぎだった。 * * * 八時近くになると帰らなくちゃいけない子も出てきてとりあえずお開きになった。大体の子は残るようだったけど、あたしと千佳と順はカラオケを出ることにした。 「これからどうする~?」 「腹ごしらえしてクラブ行かねぇ?」 「そうしよっか~。どうせみんな服持ってきてるんでしょ~?」 「まぁな。だってクラブ行くのに制服はねぇだろ」 「だよね~。ってかクラブ行かないとしても聖は着替えなきゃだめだしね」 「なして?」 「お前さっき、水入ったコップひっくり返してただろうが」 「あっ…」 「忘れてたの~!? 信じられん……」 「聖らしいって言えば聖らしいけどな」 「も~っ」 「まぁとりあえず、トイレで着替えてまたここに集合ね?」 そしてそれぞれトイレに行き着替えた。先に着替え終わったあたしは、千佳が出てくるまでもう少し時間がかかるだろうと思い、罰を追加した。それと同時に千佳が出てきた。間一髪でバレることなく、一緒にトイレをでると、すでに順が待ってた。 あたし達はたわいもない話をしながらクラブの近くのレストランに行き、たわいもない話をしながら夕食をとって、たわいもない話をしながら時間を潰した。もちろんその間もいろいろとやらかした。 夕食をとったレストランは何度か来たことのあるところだったけど、初めてここで頼んだオムライスがかなりおいしかった。夕食後には順のおごりで千佳とジャンボチョコレートパフェDXを半分こした。順には冬なのによくそんなの食う気になるなと苦笑された。 チョコレートパフェを生み出した人は天才だと思う。だって、生クリームとバニラアイス、チョコレートソースの超絶品な組み合わせを作り出したんだから。 * * * ある程度時間を潰したあたし達はクラブに入った。中はクラブ独特の照明が点いていて、大声で話さなきゃ聞こえないくらい大音量でダンスミュージックがかかっていた。今日は人気のDJがまわしているのか、フロアはかなりの人で埋め尽くされていた。 中にはナンパしてくる男もいるが、いつも順が助けてくれるからあたしも千佳も安心して音楽に身を任せることができる。前に一度、順にそんなんで楽しめているのか聞いたことがあった。その時彼は、あたし達に気を配りながらも自分なりに楽しんでいると言っていた。 「瑠那??」 自分の世界に入って楽しんでいたところ、肩を叩かれて今は聞きたくもない名前を呼ばれた。最初は無視してたけど無理やり声を発する人物の方に体を向けさせられた。 「やっぱ瑠那じゃん。化粧違うから全然気付かなかったよっ。今日は何売ってんの?」 犯人は何度か取引したり、相手をした奴だった。まさかこんな所で会 うなんて思ってもみなかったのに。あたしはチャラチャラしたこの男が嫌いだった。 「どうしたの? 知り合い??」 あたしの様子に気付いたのか千佳があたしに声をかけてきた。もちろん順も気づいてるみたいだ。ただ、まだこのチャラ男が本当にあたしの知り合いかどうかを探ってるような感じ。順に早くこいつを追い払ってもらいたいものの、こいつを千佳や順に近づけたくない気持ちでどうしたらいいのかわからなかった。 「瑠那の友達? かわいいじゃんっ。この子もキメて来てんの?」 チャラ男の言葉を聞いた瞬間あたしは、自分でこいつを追い払わないと大変なことになると直感した。こいつは千佳たちに何を言い出すかわからない、危険な人間。この場から排除すべきもの。 順が動き出そうとしたと同時に、あたしは千佳に「ちょっと待ってて?」といつもの調子で声をかけ、チャラ男を千佳たちから見えない少し離れたところに引っ張って行った。 「あの子は何も知らないただのダチだよ。あまり変なこと言わないで。じゃなきゃあんたを消すよ」 「なぁんだ。そっかぁ。で、何売ってんの?」 チャラ男はあたしの脅しに怯むことなくチャラチャラしてた。こいつには何を言っても無駄だとその時、あたしは悟った。 「いつものしかないよ」 「体は?」 「今日はなし」 「ちぇ~。んじゃ一個ちょうだい?」 「まいど」 金と引き替えに罰を売ってやった。そしてすぐに千佳たちの場所に戻った。 「ごめんね~。なんかあの人、人違いしてたみたいっ」 「よかったぁ。あの人おかしいよ! 聖のこと瑠那って呼ぶし、なんかキメてるとか言ってたしさ~。順なんか聖が薬やってるんじゃないかとか言い出すし……。心配したんだからねっ」 「だってキメるって言ったら俺、薬しか思いつかねぇんだもん」 「まさか、順やってるんじゃないでしょうね?」 「俺がやってるわけねぇだろ!? 俺、薬やる奴は最低で人間じゃねぇって思ってるし。俺がやるはずねぇ。」 「順がそう言うならそうなんだろうけど…。ねぇ聖、聖はそんな事してないよね?」 「してないよ。あたしがしてるわけないでしょっ」 「だよねっ」 「それに約束したじゃん。みんな一緒に卒業してクラスみんなで旅行行くんでしょ? バレたらヤバい事なんか絶対にしないよっ。それに千佳とか順とか…みんなに心配かけたくないしね」 「うんっ」 「じゃぁ気を取り直して踊るか」 あたしに薬をしていないかと聞いてきた千佳の不安げな表情に申し訳なさを覚えた。順の言葉が心に刺さった。でも一番悔しいのはなんのためらいもなく千佳たちに嘘をつけてしまった自分。 結局この後のあたしは、やるせない気持ちのまま全然楽しめないで終わってしまった。 * * * 十二時近くなりあたし達はそろそろ帰ることにした。 「今日は楽しかったね~」 「明日も学校かぁ。だりぃ~…」 「そうは言わずに明日もまた楽しくやろうよ~。ねっ、聖っ」 「ねっ、千佳。うわっ!」 「きゃっ」 「お前ら何してんだよ」 「だって聖が引っ張るんだも~ん」 あたしはまたやらかした。しかも今度は千佳も巻き添えに。 「ごめん、千佳ぁ」 「お前今日滑って転んだの何回目だよ。いい加減気をつけろって」 「う~……。あっ!」 「今度はなんだよ」 転んだ拍子にあたしはあることに気付いた。 「ストラップないっ。千佳とおそろのやつ! 探してくる!」 「いいよ、聖。暗いし寒いし……、また一緒に買いに行こ?」 「やだっ! 先に帰ってて? お店出るまであったからその辺に落ちてるんだと思うっ。ちょっと探してみるよ! じゃぁまた明日ねっ」 あたしは千佳たちの言葉も聞かずにクラブまでの道を戻った。まだ五 分もくらいしか歩いていないからすぐみつかると思ったから。探してる と、目の前に男の人が現れた。 「君が探してるのってこれ?」 そういってその人物はあたしが落としたはずのストラップを差し出していた。あたしはそれを受取ってもう落とさないようにとカバンにしまった。 「わざわざありがとうございます」 「いえ、たいしたことはしてませんよ」 彼は一向に動き出そうとしない。あたしも早く行かなきゃと思ってもなぜか動けなかった。 「あなた…クラブにいる時からずっとあたしの事見てましたよね? 何か用ですか?」 「あそこにはよく行くの?」 「あたしの質問に答えてください」 「君、プッシャーでしょ? そうなら売って欲しいのあるんだけど」 「違います」 あたしは即答した。早くここから逃げなきゃいけないと思った。 「タマ売ってたように見えたんだけど……。もう売り切っちゃったのかな? それとも全部使っちゃった?」 「ストラップ拾ってくれてありがとうございました。さようなら」 お礼を言って頭を下げると、そのままこの場を立ち去ろうと足を進めた。さっきから彼とこれ以上話をしていたら危険だと本能があたしに告げていた。 「……テンサン、イチゴー」 彼はぼそっとそう口にした。あたしはその言葉に思わず足を止めてしまった。 「冷たいの、あるんでしょ?」 「あんたジャンキー?」 あたしは振り返って疑うようにして彼に聞いた。彼に対する不信感はグリが入ってるだけだと思いたかった。うまくいけば、しばらくは誰の相手をすることもなく、みんなと楽しく過ごすことができるから。 「だったら?」 「あたし、今ハーフで一パケしかないよ」 「いくら?」 「ニーゴーでいいよ」 「わかった。味見していい?」 「もちろん。」 そしてカバンから氷を出し彼に差し出すと、彼はネタではなくあたしの腕を掴んだ。 「何すんのよ!」 彼を見るとあたしの腕を掴んだ手とは反対の手でポケットから何かを出そうとしていた。あたしはマズいと思い、彼の手を振り払って全力で突き飛ばすとその場から走り出した。幸いにもそこは滑りやすくなっていて、彼は尻もちをついたようだった。 早く。 早く。 早く。 早く。 人の波に紛れ込まないと。 あたしは今までにないくらいの速さで全力疾走した。絶対に彼から逃げきらなくてはいけない。捕まってしまえばあたしの人生は終わる。 そう、彼のポケットからわずかに見えたのは確かに警察手帳だったのだから。 薬が関係してる時は普段はあんなに運の悪いあたしもなぜか幸運に恵まれてた。だから今回も絶対に逃げ切る自信がある。あたしは絶対に捕まらない。でも、すぐ後ろには彼があたしを追いかけていた。少しずつ彼とあたしの距離が縮まっていく。 だけどもうすぐでここ以上に人が多い通りに出る。あそこまで逃げ切れば絶対に捕まらない。だってあそこの中にはの知り合いもたくさんいるんだから。 仲間があたしを助けてくれる。 だから大丈夫。 絶対に捕まらない。 そう思ってたのに。 神様は本当に意地悪だ。 あたしはどうしてここまで自分は運が悪いのだろうと心から思う。今まではあんなにいつもうまく事が運んだのに。 人通りの多い通りまであと十数メートルの所であたしは滑って転んでしまった。しかも頭を強く打ったらしくすぐに起き上がることができなかったのだ。 あたしが最後に見た風景は、彼があたしを取り押さえる場面だった。 * * * その後あたしは裁判にかけられ、売春・覚せい剤所持・麻薬所持などといったいろんな罪状でで有罪となった。そして、あたしは少年院に入ることになった。しかしそこは普通の少年院ではなく、医療少年院という心身に故障のある人を収容するための少年院だった。ガサ入れで兄貴や兄貴の部屋にいた人たちも覚せい剤所持などで捕まったと聞いた。彼らは少年院ではなく刑務所に搬送されたらしい。 なくしたものはそれだけではなく、千佳や順たちもあたしから離れていってしまった。 あたしはすべてを失ったのだ。 * * * それからのあたしは早くここから出たくて一生懸命に頑張った。 そうして、今日ようやくあたしは退院する。けどあたしのそばには、みんなはいない。あんなに楽しかった生活は遥か過去の出来事とってしまった。二度とみんなに会うことはないだろう。 みんなの卒業アルバムにも、卒業生名簿にもあたしはいないのだから。それに知り合いが犯罪者だなんて絶対に思いたくないだろうから。 きっとあたしはみんなの記憶の中から抹消されているはず。そんな人間は同じクラスにいなかったと。あたしは確かにあの場所に存在していたのに。大好きだったあの場所からあたしの居場所はなくなってしまった。 もう二度とあの光が満ちた暖かくてとても楽しかった場所には戻れない。 だからあたしは行く。 唯一あたしの帰りを待ってくれている 仲間の元へと。 by 田代氷芽 |