ガタンゴトン…揺れる電車の中から、私は窓越しに外一面に広がる草原をぼんやりと眺めた。手には、一枚の紙が大切に握られている。 事の始まりは、今から丁度一ヶ月ほど前の事だった。 『奈央!聞いて。私、良い事思いついちゃった』 親友の美香に呼びかけられて、奈央…つまり私は、顔を上げた。 「何?良い事って」 美香とは、ほんとに小さい頃からの仲だ。 『あのね、二人でメッセージ書こうよ。もうすぐ卒業だしさ』 その日は、中学を卒業する三週間前で、クラス中が卒業ムードだった。 「良いよ。高校別だから、合う時間減っちゃうしね」 『やったぁ。じゃあ、今度二人で放課後、一緒に書こうよ。私達の場合、本人の目の前の方が、素直になれるでしょ』 美香は笑ってそう言った。 それから私達は、いつ集まるかを決めるのに話し合ったが、なかなか二人の都合が合わなくて、結局一週間後に書くことになった。 『じゃぁ、今から書く内容少し考えといてね。紙も渡しとくよ。』 美香は、一枚の用紙を私に手渡して教室に戻っていった。 その紙は、真っ白だった。彼女によると、紙も自分達でアレンジするのだそうだ。こういうのは、オリジナリティーが大切らしい。 私は、一週間後を本当に楽しみにしていた。 だが、六日後。つまり、メッセージを書く前日に、私達はケンカをしてしまった。今思うと、ケンカのきっかけは、ほんの些細な事だった。しかし、私も美香も負けず嫌いな性格で、気が付いたら教室の中で大声を出して言い争っていた。 小さな頃から、私達は良くケンカをした。 私達は性格上、あやまるという行為をしないので、何事も無かったように、また笑い合える日まで時間を置くのがいつものやり方だった。つまり、怪我をした後のリハビリ期間みたいなもので、だいたい一週間もすれば、元通りになった。 三日、四日……と、私達は口も利かずに過ごした。私は、白紙の存在をすっかり忘れてしまっていた。 ケンカをしてから一週間が経った。もうそろそろ元に戻りたい。そう思って、私は、美香のクラスへと向かった。クラスの中をのぞいてみたが、美香の姿が無いので、私は、傍にいた生徒に聞いてみることにした。 「すみません。美香がどこにいるか知らないですか?」 その生徒は、一瞬キョトンとしてから、不思議そうに言った。 「美香って、うちのクラスの美香ちゃん?彼女なら、昨日転校しましたけど…?」 (……テンコウ?) しばらくの間、よく意味が理解できなかった。 美香が転校するのなら、私が知らないハズが無いと思った。だって、私は美香の親友なんだから。 学校が終わって、私は美香の家へ行ってみた。小さい頃から何度も何度も見てきたその家には、〝売家〟っていう見慣れない文字が貼られていた。その文字を見て、私ははっきりと美香がいないことを自覚したが、寂しいというよりは、ビックリの方が大きかった。 何度も何度も電話をしようと思って受話器を握った。だけど、〝なんで転校のこと教えてくれなかったの?〟そう聞いて、返ってくる言葉を聞くのが怖かった。 そんな苦しい日々が続いて、気が付いたら春休みに入っていた。美香の事で頭がいっぱいで、卒業式での記憶が殆ど無かった。 そんなある日、私は中学で使用していた物を整理していた。今まで使ってきたノートやファイルなんかを閉まっていくと、中学を卒業したんだなぁって少し思った。 鞄の中を整理している私の手が、何かに触れて、カサッと鳴った。 それは、真っ白な真っ白な紙だった。 (これは…。あの時の……) その白紙を見ていると、美香の事が思い出された。 (美香と話がしたいな) そう思って手を受話器に伸ばしたが、引っ込めた。電話で話すだけではダメな気がした。 〝私達の場合、本人の目の前の方が、素直になれるでしょ〟 それは、美香が少し前に言ってくれた言葉だ。 (その通りだね。) 私はそう思って、微笑んだ。――会いに行こう。 ガタンッ電車が大きく揺れて、私は我に返った。外の景色は、一変して住宅街になっていた。時計に目を落とす。そろそろ着くはずだ。私はまだ美香に会いに行くかどうか迷っていたが、手に持っている白紙を見ると、その迷いは薄らいだ。 まずは、久しぶりって笑い合おう。それから、二人でメッセージを書き合って、いっぱい話そう。 きっとこの白紙は、本当に素晴らしい物に変身するんだろうな。そう思って、私は笑顔で下車の準備をした。 by 楠木架音 |